オファーを断る



先日、あるピアニストからメッセージを受信しました。
3月末と4月頭のその人のリサイタルで代役として穴を埋めてもらいたい、と。



細かいことは書きませんが、その理由が私からすると「甘えんてんじゃねーよ」と言い放ちたい理由だったので、このオファーは断ることにはなっから決めている。



それにしてもさ、音楽家で在るって
ある意味タフでなければ務まらないんですね。



演奏会ではその人の私生活がどんなに大変だろうが、体調が思わしくなかろうが、理由なく舞台に立つことが義務付けられていることが多いんです。よほどの大物か、真逆にどうでもいい企画で無い限り。
そういう点で、精神的にもタフである必要があると思います。



舞台に上がる本物は、大抵才能を持ち合わせている。
ここでいう才能って、買えるものでも無いし、努力したから身につくものでも無い。



その種があるかないか。
ないところに花は咲かないのと同じこと。



性格もその才能の一部のような気がします。
このピアニストは、その性格の部分で損をしていると思います。





そして昨日本人と電話で話して、与えていただいたその機会を無駄にしないよう言葉をかけた。
最終的に立ち向かうことを決心した、良かった。




間違えずに弾く、というところに焦点を見出してはならない。
もちろんミスは少ない方が良いが、「弾く」ことに執着しては芸術は生まれない。

明後日、私のコンサートに来るという。
間違えずに、心配なく弾く、という状態ならばその芸術はすでに終わっている、枯れている、
生きている音楽で何か伝えることができれば、と思っています。







ピアノ弾きの覚書

ピアニスト 純子マッサーリアの覚書き、ひとりごと、演奏会情報など、気ままにつづります。

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