現代におけるクラシック音楽とクラシックバレエの共通点
こんにちは。
音楽家の 純子マッサーリア
Junko Massagliaです。
ついこの間まで軽井沢にいましたが、あっという間にイタリアへ帰国しました。
そんな今日はバレエの話を少ししようかと思います。
最近はバレエブームだそうですね。
インスタグラムなどでも日本人のダンサーが優雅に技を決めていく動画などよく見かけます。
その跳躍は人間業ではないように軽く、重力を感じさせないもの、軸のずれないピルエットなど、日本のダンサーの質が格段に上がっていることを目の当たりにします。
ピアノも同じですね。
人間業とは思えない速さで、ミスなく演奏する。日本の有名なコンクールの受賞コンサートでは10歳にも満たないような子供たちがこれ見よがしにショパンのエチュードをサラッと弾きこなす。
バレエもピアノも日本らしいな、と感心します。
小さい子や、海外から見ると年齢不詳な子供のような大人(20代)がサラッと何事もやってのける。
ただね、私には魂を揺さぶられるような感動が湧かないのです。
感心はするけれど、芸術として認識できないし感動しない。
そんな今日、イタリアのテレビで世界的バレエダンサーであるRoberto Bolleを紹介していました。(著作権の問題で写真は載せられませんが、検索して見てみてください)
彼の動き一つ一つが動く彫刻のようでした。
まず体。
彫刻のような肉体は、どの角度で見ても圧倒的な美しさを持って、その動きを何倍にも活きさせます。
彼の踊りは決して高度な技術だけではなく、その肉体すらも何かを語る力を持ち合わせています。
そして数年前もすでに美しかった肉体が、年と共に人間として熟した体になって、なんとも圧倒的な表現力を持ち合わせていました。
技術はコンクールなどには不可欠。
でも芸術としての完成度は?と聞かれると技術だけのパフォーマンスは音楽であろうと舞踏であろうと、心を揺さぶるものと呼ぶには程遠く、届かない。
アジア人は西洋で生まれ育まれた文化を取り入れるのが早いです。
とにかくそれっぽくなる。
綺麗にまとまる。
驚きの技術で本場を超える人材が山ほど出てくる。
でも、そこに何かポカリと穴が空いたように感じるのは私だけではないはず。
技術とは?
芸術とは?
今後ますます『芸術』から遠のくアジアがあるように思えてならない。
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