頭から音楽が出る時
こんにちは。
音楽家の純子マッサーリア
Junko Massagliaです。
インスタにも書きましたが、昨日は主人ジュゼッペMマッサーリアのコンサートでした。
妻である私が主人を褒めるのはなんかバカ夫婦、と言われそうですが、それでもいいと思って描きます。
インスタに書いたように、始まる前、そして始まった時はもう自分のコンサートよりも緊張してます不安とドキドキで神頼み、みたいな感覚でした。
ところが、彼の演奏が始まるとそれは次第に歓喜の涙に変わりました。
ここね↑
同じ家に住んでいるのだから、練習中だって聞いているんじゃないの?
って思いませんか?
違うんですよ、これが。
彼の練習は99、9%通して練習することはありません。
なので、私は聞いたとしてもその一部しか聞いてないのです。
もちろん練習の仕方とか私では考えられない方法なので、ずっと聞いていることもありません。
ということで、私にとっても会場で聞く”演奏”は全てが初めてで、驚きの連続になるのです。
じゃあ、練習中は何やってたの?と思いますよね?
音の並びの確認なのだろうか?
つまり彼の場合、最終的な演奏は頭の中で鳴っているのだと思われます。
よく彼のレッスンを通訳していて思うのは
この人の頭の中はどれだけの引き出しがあるのだろうか?
ということです。
限りなくオリジナルであり、それでいてそれがちっとも違和感を生じさせない、誰にも真似することのできない音の種類や瞬間が次々と生まれ出てくるのです。
楽譜をしっかり読んでも書いてないこと。
そこを読める演奏者はやはり一流だと思います。
今は亡きあのV.ホロヴィッツがかつて
『音楽において最も重要なことは、音符にないものだ』
と言っていたそうです。
それって、みんながみんなできることではないです。正直言って。
でも、こんな近くにそれをまさしくやってくれるアーティストがいた。
ありがたいことです。
そう言う観点では、彼は私にとって偉大なるアーティストの一人であります。
いつもの主人としての彼は、楽しいけど、人一倍も二倍も気難しくて、手の焼ける人ですが、だからこそ普通の人じゃない感性を持っているのだ、いや、逆、アーティストだから普通じゃないんだ、と思うことにしています。
さて、スーツケースの準備しますね。
日本が待ってます!
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